遺跡大好きスタッフ村上が、遺跡の魅力をお届けします♪ -砂漠に佇む古代都市-
06.21 2024
中東三大遺跡とは
日本をはじめ、世界にはさまざまな遺跡がありますが、「中東三大遺跡」という言葉を耳にされたことはありますでしょうか。
砂漠に佇む古代都市ペトラ
「ペトラ遺跡」は、ヨルダン南部の砂漠、死海とアカバ湾の間にある峡谷に佇む古代都市遺跡。ペトラとは、ギリシャ語で岩や崖を意味するそうです。
約2,000年以上前、隊商貿易で栄えたナバテア王国の首都であり、遊牧民族であったナバテア人が砂漠に切り立つ岩山を彫り刻んで造り上げた建造物が立ち並んでいます。
しかし、未だ遺跡の多くは謎に満ちていて発掘調査は現在も続いています。
ペトラへの入り口
「シーク(岩の裂け目)」と呼ばれる高さが約90~180mもある岩山の峡谷、狭い道が現在でもペトラ遺跡の中心部に通じるメインルートとなっています。
魅せられる岸壁の建築彫刻
シークが終わりに近づくと、緻密で美しい彫刻が施された建築物、エル・ハズネが姿を現します。エル・ハズネとは、アラビア語で「宝物殿」という意味。しかし、実際に宝物殿であったかどうかは不明だそう。他にも神殿や王墓、葬祭殿という説もあります。
エル・ハズネからさらに進んでいくとローマ円形劇場や墓地、凱旋門などが現れます。
これらの建造物の奥を進み、さらに山道を1時間ほど登った先に佇むのは・・・
ぺトラの修道院と言われているエド・ディル。険しい岩山を削り、周囲と一体化している姿に圧倒されます。
眠る遺跡が残すヒント
全盛期には3万以上の人々が暮らしていたと言われるペトラも衰退とともに姿を消し、その痕跡のほとんどは、まだ多くの謎を残したまま砂に埋まっています。
ナバテア人は、文字の記録はほとんど残してないそうだけど、残されている遺跡が、その栄光を物語っているよね。
今回、ペトラ遺跡を調べるにあたり、二度にわたる大きな地震が記録に残されていることを知りました。二度目の地震による大きな被害によりペトラを築いたナバテア人は、この地を去り、ペトラは歴史の表舞台から姿を消すことに。自然災害による遺跡の埋没は、ポンペイ遺跡の噴火にもみられるように数多くあります。
発掘をする中で、遺跡や遺物の発見だけでなく、残されている地層から地震や洪水、火山の噴火など災害の痕跡が見つかります。
過去を知ることで、
現在(今)できることがわかり、
未来へつなげていくこともできる。
遺跡が残してくれている、数多くのヒント
改めて史実はもちろん、伝承として残っているものも、発掘された場所、遺跡や遺物を通して実際に触れることで、その場所に刻まれ、流れていた時間に近づくことができるように思います。
行ってみたい遺跡の一つでもあったペトラ遺跡。その想いがさらに大きくなるのを感じながら、大好きな遺跡をお伝えできることが嬉しかったです。これからもそんな想いもたっぷりと交えながら魅力をお届けできたらと思います(*^-^*)
みなさまのオススメの遺跡があれば、ぜひお聞かせください。記事の感想も大歓迎です(*^^*)
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