『一日の終わり、魔法のかかる帰り道』 エッセイ - 暮らしの拾いもの Vol.2

10.13 2022
自宅に向かう途中に、ゆるやかな道と坂道がある。
坂道の勾配はかなりきつめ。息切れ必至だからできれば避けたい。
でも……今日はこっちを選ぶ。
ここは、夕暮れどきになるといっせいに“おいしい匂い”が漂う、特別な坂道なのだ。

これはカレーかな、肉じゃがかな。どちらにせよ、炒めた玉ねぎが入ってるな。
お隣さんからは魚が焼ける匂い。いいね、最高。
初めてこの道を通ったのは、わりと最近のこと。
その日は久々に落ち込んで、孤独を抱えながらいつもは避けるこの坂道をぼんやりとのぼっていた。
そこで突如、おいしい匂いのオンパレードに遭遇したのだ。

誰に向けたわけでもなく、ただ気ままに漂うほかほかで、あたたかくて、やさしい匂い。
それらは、かちかちになった心を一瞬でほどいてくれた。
まるで魔法みたいに。
ここにはたしかに人の営みがあって、みんな同じ、今日という一日を生きている。
そんな当たり前に気づいたとき、ほっとして少しだけ泣いた。
それ以来、悲しくなるとこの坂道を選んで帰る。
おいしい匂いを纏うたびに、自分はひとりじゃないと思える。
“おかげでいつも救われています”
そう心の中で感謝しながら今日もゆっくりゆっくり、坂道をのぼっていく。
(おわり)
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