『古本が繋いでいく、秘密の問い』 エッセイ - 暮らしの拾いもの Vol.3

11.28 2022
仕事や日々の暮らしに行き詰ったとき、わたしは本屋さんに足を運ぶ。
ずらっと話題の新刊が並ぶ書店もよく行くけれど掘り出し物が多い古本屋さんは、とくべつ好きだ。
手頃な価格だから、冒険しやすいのももちろん魅力。
でもわたしには、もう一つの楽しみがある。
それは、本に残る前の持ち主たちの軌跡だ。

折り曲げられたページ、ペンの跡、はさまれたレシート、40年前の映画の優待券……
それらは、この世界のどこかに存在した人の思いや生活を映し出す。
時や場所を越えて秘密を共有しているようで、ついロマンを感じてしまうのだ。
中でも、特に印象に残っている一冊がある。
わたしが生まれるずっと前に出版されたその小説は、終始ほんのりと寂しい空気が漂っていて、そんなところもとても好みだった。
物語が終盤に差し掛かった頃、しおりだと思ってそのままにしていた紙が一枚のメモであることに気が付いた。
脈絡のないいくつかの言葉が並んでいて、最後には二重丸の印と「しあわせとは?」の文字。
その力強く書かれた切実な筆致にどきりとして、しばらく次のページをめくることができなかった。
これを書いたとき、持ち主はいったいどんな気持ちだったのか。
顔も名前も知らない誰かの人生に思いを馳せると同時に、ふと一つの問いが頭に浮かんだ。
じゃあ、自分にとっての“しあわせ”って何だろう?
ゆっくり考えてみたことって、案外なかったかもなあ。
誰かが大切にしていた一冊の本が、巡り巡ってわたしの元へと辿り着き、しあわせについて考えるきっかけをくれた。

それはとても不思議で、尊いことに思えた。
こんな思いがけない出会いや気づきがあるから、わたしは古本屋さん通いをやめられないのだ。
もしもいつかこの本を手放すときが来たら、わたしも自分なりの“しあわせ”をメモに書いてそっと忍ばせてみようかな、なんて思っている。
(おわり)
#暮らしの拾いものvol.2
#暮らしの拾いもの 全話公開

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