『いつものあの人』 エッセイ - 暮らしの拾いもの Vol.16
02.15 2024
高校時代、毎日電車を使って通学していた。
3車両しかなく、使えるのは切符のみのローカル線。
定期券は駅員さんの手書き文字と手押しのスタンプでできていた。
最寄りは、かろうじて屋根があるくらいの小さな駅。
ホームで電車を待つ間、私の定位置は決まって2両目の先頭だった。
私と同じタイミングで乗る人は、多くて5人程度。
毎日決まった時間に通学しているうちに、必ず同じ電車に乗る人がいることに気づいた。
グレーヘアとヒゲのスーツ姿のおじさん。
いつも背筋がしゃんとしていて、携帯を触ることもなく、正面を見つめながらただ電車がくるのを待っていた。
そのおじさんの定位置は、決まって3両目の端っこ。
いつの間にか、毎朝そのおじさんの存在を確認することが私のルーティンになった。
だいたい私の方が先にホームにいることが多いのだけど、たまにおじさんの方が早いと、その背後を通り過ぎることもあった。
今日もいるね、よかった。あれ、珍しくいない。休みなのかな。
ちょっと見かけないと心配になるし、姿を見つけるとなぜか安心した。
もちろん名前も知らなければ、年齢も職業もわからない。
言葉を交わしたことも一度もない。
でも私の高校3年間において、おじさんの存在は、一日の始まりに欠かせないものになっていたのだ。
高校卒業とともに上京し、必然的におじさんに会う機会はなくなったわけだけど、地元に帰省したときに一度だけ、同じ電車のホームで見かけたことがある。
数年は経っていたはずだけど、相変わらずしゃんとしていて、あの頃と同じ定位置に立っているのを見て、つい泣きそうになってしまったのを覚えている。
まさか自分を見て涙をこらえる人間がいるなんて、思いもよらないだろう。
今でも、帰省して最寄り駅のホームに立つたび、高校時代の記憶とともに、あのおじさんの姿が頭に浮かぶ。
もうずいぶんと時が経ったけれど、どうか元気でありますようにと、そっと心のなかで祈るのだ。
(おわり)
#暮らしの拾いものvol.15
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