『通りすがりの出会い』 エッセイ - 暮らしの拾いもの Vol.11

09.13 2023
数年前に、高円寺の住宅街を散歩していたときのこと。
何の変哲もないアパートの玄関先に、りんごのケースくらいの大きさの木箱が置かれていた。

近づいて見てみると、「もしよろしければ、ご自由にお持ち帰りください」と書かれた紙が貼られており、中には外国製のおもちゃや雑貨、食器、小説などが入っていた。
一緒にいた友人と「面白いね」と言いながら見ていると、ちょうど家主とおぼしき、30代くらいの男性が出てきた。
箱の様子を見がてら、雑貨を追加しに出てきたらしい。
「あっ」とちょっと気まずい感じになったものの、せっかくなので「面白いですね」と声をかけてみると、「気に入るものがあれば、じゃんじゃん持っていってください」と照れ臭そうに笑った。
どうやら近々引っ越しをするにあたって、断捨離をしていたようだ。
捨ててしまおうと思ったけれど、もらってくれる人がいるかもしれないから試しに置いてみたのだという。
木箱に入ったものたちはどれもセンスが良く、大切にされていたことがわかるものだった。
だから思わず「本当に手放しちゃっていいんですか?」と聞くと、お兄さんは「実家に戻らなきゃいけないから、置く場所もないしもういいんです」と言った。
口調は明るかったけれど、表情はどことなく寂しい感じがした。
それ以上踏み込むのは憚られて、そうなんですね、と返しつつ、じゃあこれ、ありがたくいただいていきます、と小説を一冊とクマの置物をもらった。
トートバッグをにぎりしめながら、しばらくお兄さんの笑顔が頭を離れなかった。
あれから数年が経ち、何度か引っ越しもしたけれど、今も大切にしている。

引き取り手がいなければ、捨てられるはずだったものたちは、あの日のちょっと切ない思い出を含めて、特別な存在だ。
そして、なんらかの事情で実家に戻ることになったあのお兄さんが今、幸せだといいなと思う。
(おわり)
#暮らしの拾いものvol.10
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