『居場所をくれる、特別な笑顔』 エッセイ - 暮らしの拾いもの Vol.6

02.28 2023
二拠点生活で小さな港町にいた頃、仲間とよく通っていた焼き鳥屋さんがある。
高齢のご夫婦がふたりで営んでいる、小さなお店だ。

お父さんは、どちらかというとクールな印象。
黙々と串を焼く姿はまさに職人で、注文や提供のときも必要最低限しか話さない。
でも、そんなお父さんにはチャームポイントがある。
それは、常連さんにだけ見せる笑顔だ。
がらがらと扉が開き、入ってきたのが常連さんだとわかると、「いらっしゃい」のあとに「おお」と言いながらにっこりと笑いかけてくれるのだ。
そのふとした笑顔がとてもやさしくて、可愛らしくて、一瞬だけお父さんから「焼き鳥屋の大将」という役割が剥がれるような気がして、それを向けられる常連さんたちを羨ましく思っていた。
そんなことを考えながら何度も通ううちに、ついにわたしもお父さんから笑顔をもらえるようになった。
それはすなわち、常連として顔を覚えてもらえたということ。
これまでの人生、自ら“常連”と言えるほどのお店がなかったわたしは、大好きなお店に、ひいてはこの街に受け入れてもらえた気がして、びっくりするくらい嬉しかった。
ちなみに今では、街中でばったり出くわしても、お父さんはわざわざ自転車を止めて、「おお」と笑いかけてくれる。
頻繁にお店に通えなくても、多くの言葉を交わさずとも、お父さんのにっこりとした笑顔ひとつで、一瞬でそこがわたしの居場所になる。

その安心感は絶大で、何にも代えがたいのだ。
お父さん、元気かな。
近々お土産でも持って、久しぶりにあの笑顔を見に行きたいなと思う。
(おわり)
#暮らしの拾いものvol.5
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