『何も返せていないと思っていた。』 エッセイ - 暮らしの拾いもの Vol.9

07.07 2023
地方にいるとよくあることだと思うけれど、ご近所さんからやたらと野菜をいただく。
あるまちに滞在していたとき、仕事の合間にふらっと散歩をして拠点に戻ると、ビニール袋に入った茄子やオクラが玄関にぽつんと置かれていることが何度もあった。
特に置き手紙もなければ、「置いておいたよ」と連絡が入ることもない。

最初はびっくりしたが、何度目かには原付で置いて帰る場面に遭遇して、その後は「きっとまたあのおじちゃんだな」と思うようになった。
農家さんではないけれど、趣味で畑をやっているおじちゃんが、以前まちの居酒屋さんで顔見知りになって以来、全部食べきれないからと、こうしてたまにどざっと野菜を届けてくれた。
丹精込めて作られた旬の野菜は本当においしくて嬉しいし、個性的な形も何だか愛着が湧く。

もちろん、食費の面でもものすごくありがたい。
でも一方で、ずっとやさしさに甘えてばかりなことに申し訳なくも思っていた。
おじさんに遭遇できたときに一度、お礼と一緒に本音を伝えてみたところ、ちょっと意外な言葉が返ってきた。
「もらってくれる人がいることが、“張り合い”なのよ」と。
びっくりした。
何も返せてないと思っていたけれど、野菜を喜んで受け取ることが、おじちゃんの人生の張り合いになっている。
いまいち実感はないけれど、そういう形もあるんだなと知って嬉しくなった。
それ以来、贈り物をいただいたら「いつもすみません」ではなく、「とっても嬉しいです」と精一杯喜びの気持ちを伝えることに決めている。
(おわり)
#暮らしの拾いものvol.8
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